「テレビCMは宣伝部の予算、EC広告は事業部の予算。うちは別々に管理しているから、合算での評価は難しいんだよね……」
日本のエンタープライズ(大企業)で、毎日のように繰り返されるこの会話。実は、この「当たり前」が今、マーケティング大国・アメリカ、そしてプラットフォーマーの巨人・Amazonの攻勢によって、音を立てて崩れようとしています。
今回は、なぜ「予算の分断」が企業成長を止めるのか、そしてAmazonがなぜ今、狂ったように「フルファネル」という言葉を連呼しているのか。その裏側を深掘りします。
「右脳と左脳がケンカしている」大企業の悲劇
組織が巨大化し、分業が進んだ結果、多くの企業で「認知(ブランド)」と「獲得(コンバージョン)」が別の生き物になってしまいました。
- 宣伝部: 「認知率を上げたい!イメージを良くしたい!ターゲットは全国の20代〜40代だ!」
- EC事業部: 「今月のROAS(広告費用対効果)が落ちた。検索広告に予算を全振りして、とにかく今日1件でも多く売れ!」
この分断が生む最大の悲劇は、「相乗効果の無視」です。 本来、テレビCMを打てばECでの検索数は跳ね上がり、EC広告の獲得単価(CPA)は下がるはず。しかし、予算が別管理だと、EC側は「自分たちの運用の腕で売れた」と言い、宣伝部は「ECが売れたのはCMのおかげなのに評価されない」と不満を募らせる。
この「部分最適」の集合体が、企業全体のマーケティングROIを押し下げているのです。
Amazonが「フルファネル」を連呼する、恐ろしいほど合理的な理由
最近、Amazon Adsのカンファレンスや媒体資料を見ると、驚くほど「Full Funnel(フルファネル)」という言葉が並んでいます。かつての「Amazon=ECの刈り取りの場」というイメージを、彼ら自ら全力で壊しにかかっているのです。
なぜAmazonはそこまでフルファネルにこだわるのか? それは彼らが、「認知から購買までのデータ」を1つのIDで握ってしまったからです。
- Prime VideoでのCM視聴(認知): 「誰が」「どの動画広告を」「何秒見たか」
- Amazon内での検索・閲覧(検討): 「その後、関連商品を検索したか」「カートに入れたか」
- Amazonでの購入(獲得): 「実際に買ったか」「リピートしたか」
Amazonはこう言いたいのです。「テレビCMのような認知施策も、ECの売上施策も、Amazonなら全部つながります。だから、もう予算を分ける必要なんてないでしょう?」と。
特に「Amazon Marketing Cloud(AMC)」という分析基盤の登場により、「動画広告を見た人は、見ていない人に比べてECでの成約率が○%高い」といった、これまで“夢物語”だったアトリビューション分析が現実のものとなりました。
米国ナイキの「Uターン」から学ぶ、獲得偏重の罠
ここで、米国エンタープライズの象徴的な事例を見てみましょう。Nike(ナイキ)のケースです。
ナイキは数年前、デジタルシフトを加速させるため、テレビCMなどのブランド投資を削り、ECへの直接誘導(パフォーマンス広告)に予算を集中させました。短期的なROASは一時的に向上しましたが、数年後に異変が起きます。ブランドの熱量が冷め、消費者の「指名買い」が減り、競合にシェアを奪われ始めたのです。
結果、ナイキの株価は低迷し、経営陣は「パフォーマンス広告への依存は間違いだった」と認めました。現在は再び、テレビCMや大規模なスポーツイベントへの投資を強化し、「ブランド(認知)」と「パフォーマンス(獲得)」をシームレスにつなぐフルファネル戦略へと回帰しています。
「刈り取り(EC)」ばかりしていると、いつか畑は枯れる。 米国のトップ企業たちは今、この教訓を胸に、認知と獲得の予算を「一つの成長予算」として統合し始めています。
私たちが明日から変えるべき「3つのマインドセット」
では、日本企業のマーケターはどう動くべきでしょうか?いきなり組織図を変えるのは難しくても、以下の3点は今日から意識できます。
- 「iROAS(インクリメンタルROAS)」で語る: 単なるROASではなく、広告を出さなかった場合と比較して「どれだけ売上が純増したか」を共通言語にする。
- Amazonなどのプラットフォームを「糊(のり)」にする: バラバラのデータを繋げられないなら、最初から繋がっているプラットフォーム(Amazon Prime Video + Amazon DSPなど)をテストケースとして活用し、統合管理の成功体験を作る。
- 「財布は別でも、脳みそは一つ」: 宣伝部とEC事業部が週に一度は同じテーブルに座り、お互いの施策がどう影響し合っているかを定性的にでも共有し合う。
結論:フルファネルは「効率」ではなく「成長」の戦略
エンタープライズ特有の予算分断は、いわば「成長の痛み」です。しかし、Amazonが示すように、データが繋がり、顧客体験が統合される今、その壁を守り続けるメリットはどこにもありません。
「フルファネル」は、単なるマーケティング用語ではありません。それは、「お客様が商品を認知してから、ファンになって買い続けるまでの全工程に責任を持つ」という、極めて誠実なビジネスの姿勢そのものなのです。





